一段ブレーキ制御ATC

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●田園都市線の一段ブレーキ制御ATC

 一段ブレーキ制御ATCとは、東急田園都市線の混雑緩和を目的に開発が進められ、平成3年から導入されている。従来のATCは、普通鉄道構造規則の規定にもあったが、地上信号機の考え方をそのまま踏襲しており、ある一定区間の軌道回路内で現示変化したときは、その減速が終了するまで次の下位に変化する信号を現示しないような設備にしなければならない。

 そもそも、先行列車との後続列車との最低続行間隔は、理論的には、ある速度におけるブレーキ距離と停止時の過走余裕距離の和であればよい。しかし現実にはそれに加え、各速度段での減速→緩解の分ロスが発生している。

 各速度段での減速→緩解をやめてロスを廃することで、運転間隔の短縮と輸送力増強、ブレーキの回数減少による乗り心地の改善などが図られることになる。

 基本的な考え方は、5段階程度の速度段(例:90、75、55、40、20)を割り付けるのは従来と同様だが、制御情報(コード)が下位に変化し減速を開始、その制御情報(コード)まで必ずしも速度が落ちきっていなくても、さらに下位の制御情報(コード)を現示していく。これが、ブレーキ距離を極限に詰めるキーポイントとなっている。さらに、短小の軌道回路を細かく配置することで、各速度段から下位への制御情報(コード)変化ポイントは、各速度段の最高速度からのブレーキ距離+過走余裕距離ギリギリになるよう設定されていることから、ムダのないブレーキが実現する。

 その他にも、とくに大都市通勤線区での輸送に特化する機能が設けてある。

・制御情報(コード)を10〜110キロまでほぼ5キロ刻みとし、途中の曲線・勾配・ポイント制限に対し適切な制御情報を送信することで、過度の減速を省く。これは、2周波数組合せ方式といい、東北・上越新幹線用ATCでも採用されたシステムだが、主信号波と副信号波の組合せで多段階の信号を作り出す。万一、副信号波がストップした場合は主信号波のみで最下位の信号が現示されるので冗長性が高い。

・搬送波を変化させることで、前方の進路の信号が下位に変化するとき、車両に前方予告情報を送信し、ムダな力行の回避とオフブレーキによる乗り心地の悪化を防止する。

・従来、ATCブレーキは常用最大ブレーキであったが、「加加速度」が大きいため乗り心地がよいとは言えなかった。ATC常用ブレーキの立ち上がり0.5秒間をハーフブレーキとすることで、乗り心地の悪化を緩和する緩和ブレーキ機能を導入する。

・駅終端や副本線での過走を防ぐため、地上の速度照査が一定以上の速度の場合01信号に変化させて過走を防ぐ、過走防護装置の設置。

・駅でのオーバーラン防止のため、列車の駅進入時に出発進路を停止現示にする停車制御装置の導入。

・車内信号機を、従来の速度段表示式から、RとGの2現示方式を採用。速度に関する情報は速度コード灯を速度計の回りに配置して制御情報とする。これにより、規定上の「車内信号の現示変化」はR・G相互間の変化のみとなり、制御情報の変化は「情報」となり車内信号の現示変化に含まれないこととなった。


●東横線の一段ブレーキ制御ATC(ATC−P)

 東急東横線の一段ブレーキ制御ATCは、田園都市線での運用実績をもとに改良が加えられたATCで、ATC−Pとも呼ばれている。ただ、ATC−Pといっても、JRのATS−PやデジタルATCのようにすべての速度照査がパターン主体というわけではなく、過走防護装置、停車制御装置、臨時速度制御など、とくに高い保安度が要求される機能を強化したバージョンということになろう。

 すなわち、通常の速度照査は従来通りの2周波数組合せの速度情報式であるが、添線や地上子からの情報をもとに、特定地点で限定的にパターンを発生させ制御を行うということになる。また、東急東横線の特状として、踏切制御をATC地上装置に組み込み、踏切故障等のときのATC速度制御などに応用している。

 機能強化された点を以下に述べる。

・過走防護装置=地上にORP添線を敷設し、P25(35)信号区間への進入を車両で検知した時点から残距離をカウントし、25または35キロから連続的に7.5キロまで降下するパターンを発生させ、次いでPEP信号受信で7.5キロから5.5キロに降下するパターンに切り替わる。パターンを超過すると非常ブレーキが動作する。速度計に「P」が点灯し、ORPゲージのある車両は速度計の赤指針で発生パターンを表示する。車両では自位置を把握しているわけではないので、ORP添線の長さは一定に敷設(25信号で約60m、35信号で約80m)しなければならない。これにより、駅への進入速度の向上が可能になり運転時分の短縮に役立つ。通常のATCは常用ブレーキ主体だが、過走防護パターンはATC非常ブレーキのみのバックアップという位置づけである。

・停車制御装置=駅でのオーバーランを防止するもので、田園都市線ATCでは出発進路を停止現示にしているが、ATC−Pでは駅500m手前に地上子を置き、車両側で「駅停車パターン」を発生させる。これを超えた場合は非常ブレーキが動作する。パターンを超えない限り車内信号・制御情報(コード)は変化しない。出発進路直下の地上子を通過した際に「駅停車パターン」を超えたかどうかを地上に送信し、場内進路の制御情報(コード)を停止として後続列車の進入を抑え、オーバーランした列車のバックが安全に行えるようにしている。

・臨時速度制御=地上子からの情報をもとに、制御情報(コード)を下位に変化させる。

・緩和ブレーキ制御=従来の田園都市線ATCでは、制御情報(コード)が下位に変化したときのATC常用ブレーキの立ち上がりのわずかな時間のみハーフブレーキとしていた。ただし、これでは制御情報ギリギリで走行している場合はよいが、例えば制御情報(コード)90→制御情報(コード)75に変化する地点で78キロ程度で進行していたというような場合など、運転士の操作や現在速度によっては1段ブレーキにならないこともままある。これでは、1段ブレーキの効果が薄れるので、下位の制御情報区間に入った場合には照査パターンを発生させ、この照査パターンを超過するまでは常用最大ブレーキとはせず緩和ブレーキを継続して出力する。なお、進入速度が低ければ照査パターンに当たらず緩和ブレーキのみの動作ということもあり得る。なお、旧普通鉄道構造規則92条では「車内信号機を使用して運転する列車は、車内進行信号が示す速度を超えない速度で運転しなければならず、車内進行信号の現示が変化した直後においてその信号が示す速度を超えて運転しているときは、速やかに当該速度を超えない速度に減速しなければならない」との規定があるので、制御情報(コード)が下位区間に入ったとき、照査パターンに当たるまでブレーキを動作させずに引っ張るという処理は規定上不可能だった。


●一段ブレーキ制御ATCとデジタルATCの違い

 東横線の一段ブレーキ制御ATCは、機能的にも高い水準を備えており、アナログ形ATCの完成形ともいえる水準に達した。ただ、このATCを東急は「ATC−P」という呼称としたことから、再びATCの呼称が混乱してきた。JRのデジタルATCも開発当初ATC−Pとの仮称がついていたが、東横線ATC−Pと概念・機能が大幅に異なるものを同じ呼称とすると誤解を招きやすいため「ATC−P」の呼称を断念し、「デジタルATC」の呼称に統一した経緯がある。

 「ATC−P」という呼称から、全ブレーキ制御をパターン制御で行っていると連想し勘違いする人や、さらには「ATC−P」と「デジタルATC」の区別がわからない人まで見受けられる状況になってきた。ここで、一段ブレーキ制御ATCとデジタルATCの違いを列挙したので参考にして頂きたい。

  一段ブレーキ制御ATC デジタルATC
列車検知 軌道回路(有絶縁・無絶縁) 軌道回路(有絶縁・無絶縁)
ATC信号伝送 アナログ周波数の主信号波・副信号波の組合せ
(営団東西線はデジタル)
デジタル電文
地上→車上へのデータ 制御情報(速度情報)のみ 停止軌道回路情報電文(停止点)、停止事由情報電文、現在位置軌道回路電文、軌道回路残位置電文(地上子)、保安装置設定情報電文他
速度コード生成 地上 車上
速度コード ×、0、10〜110(5キロ刻み) ×、0〜90(5キロ刻み)
速度照査段階 ×、0、10〜110(5キロ刻み) ×、0、1〜90(無段階)
速度照査方式 地上から送信した制御情報との比較 車上で生成した速度パターンと現在位置との比較
速度照査区分 軌道回路または添線の位置に依存(パターン発生の場合あり) 車上の地理データベースに依存
前方予告機能 軌道回路に送信した前方予告信号の受信で「前方予告」点灯 車上で作成した緩和ブレーキ照査パターンに近づくと「パターン接近」点灯
緩和ブレーキ 制御情報の下位変化を検知し緩和パターンを発生(現示変化位置は軌道回路に依存) 車上で緩和ブレーキ照査パターンを作成(現示変化位置は自位置と列車速度に依存)
過走防護機能 地上のORP添線によりORPパターンを発生(ATC−P) 車上の地理データベースにより2段パターン/近接パターンを発生
駅停止位置逸走防止機能 地上の出発相当進路を停止現示にすることで実現(田園都市)
地上子からの情報を受信し過走時は後方軌道回路を停止(東横)
車上で作成した停通防止パターンにより実現
チンベル 鳴動 照査速度>列車速度かつ下位変化時は鳴動せず
停止信号 地上からの01信号でR、無信号または絶対停止信号で×を現示 車上の常用照査パターンでR現示、非常照査パターンまたは絶対停止デジタル電文受信または無信号で×現示、パターンを下回ると再度G現示
走行車両 単一性能で統一が前提 車上装置の変更で性能の異なる車両の走行可能

この稿は、次の文献を参考にしています

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