法令から見たATC・ATS

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●規制緩和と新省令実施

 先ほど紹介した「在来線」と「新幹線」のATCの運転取り扱いの考え方の違いに見られるように、実際のシステムで想定している考え方と省令とで解釈に矛盾が生じている例、また新技術の導入を阻む例が徐々に表面化してきた。

 従来の普通鉄道構造規則では、ATCの要件を以下のように規定していた。

(自動列車制御装置)
第百六十条
 車内信号機を使用する鉄道には、自動列車制御装置を設けなければならない。
2 自動列車制御装置は、次の基準に適合するものでなければならない。
一 地上設備は、列車又は車両に対し、当該列車又は車両の進路上にある列車若しくは車両との間隔又は線路の条件に応じた列車又は車両の運転速度を指示する制御情報を連続して示すものであること。
二 車上設備は、次に掲げるところによること。
  イ 前号の制御情報が指示する運転速度と列車又は車両の速度とを照査するものであること。
  ロ 前号の制御情報を示す区間内において、当該制御情報が指示する運転速度まで列車又は車両の速度を自動的に低下させるようにブレーキ装置を作用させるものであること。ただし、前号の制御情報が列車又は車両の停止を指示するものである場合には、当該制御情報を示す区間の終端までに列車又は車両を停止させるようにブレーキ装置を作用させるものであること。
3 前項第一号の制御情報を示す区間の長さは、当該区間に進入した列車又は車両がその区間において制御情報が指示する運転速度に従つて減速し、又は停止することができる距離以上としなければならない。

 普通鉄道構造規則160条2項2号ロと、3号から、ATCは、ある一定区間(=軌道回路)の中で制御情報が指示する速度までに減速を終えていなければならないことがわかる。これは、従来の地上信号の考え方を残していることを意味している。
 地上信号でG→YG→Yと変化するとき、運転士はそれぞれの信号の手前でそれぞれの規定上の速度に落としている。それを車内信号でも踏襲したに過ぎない。逆に言えば、指示する速度に減速し終わらないうちにさらに下位の信号を現示することは、例えば地上信号ではYGの外方で規程の速度に落とさずにその内方に突っ込むことと同じだから、できない。これでは、一段ブレーキ方式のように、時々刻々と次々に信号を下位に変化させるような仕掛けを設けることは不可能となる。

 例えば、この一段ブレーキ方式のような新しい設備を導入しようとしたとき、その設備は従来の構造規則や運転規則に合致するようにあきらめるか、そうでない場合は特別認可・許可を取得して新しい設備を導入するかになる。

 しかし、特別認可・許可を取得することは大きな労力と時間を費やすことになる。規模の大きい試験や実験、関係社員への聞き取り調査なと推挙にいとまがない。3〜5年という時間を費やすこともざらである。規模の大きい鉄道事業者ならともかく、規模の小さい事業者ではこれでは体力的に持たないし、その間、新技術の導入が出来ないことになる。
 特別認可・許可を得た例として、東京急行の一段ブレーキATC方式、京浜急行の「抑速信号」、北越急行の「高速進行信号」などがある。とくに「高速進行信号」については140km/hから段階的に160km/hにアップしたが、平成9年の開業から実に5年経過した平成14年から実施となっている。なお、一段ブレーキ制御ATCについては当初特別構造許可であったが、平成6年の省令改正で正式なATCの方式として追加され認められるようになった。

普通鉄道構造規則
(自動列車制御装置)
第百六十条
(中略)
4 一段ブレーキ制御方式の自動列車制御装置にあつては、次の基準に適合するものでなければならない。
一 地上設備は、列車又は車両に対し、列車又は車両が線路の条件により列車又は車両の運転速度が制限される箇所までに当該箇所を含む区間の制御情報が指示する運転速度まで列車又は車両の速度を減速することができ、かつ、列車又は車両が停止を指示する制御情報を示す区間の終端までに停止することができる運転速度を指示する制御情報を連続して示すものであること。
二 車上設備は、次に掲げるところによること。
  イ 前号の制御情報が指示する運転速度と列車又は車両の速度とを照査するものであること。
  ロ 列車又は車両が線路の条件により運転速度が制限される箇所までに当該箇所を含む区間の制御情報が指示する運転速度まで列車又は車両の速度を自動的に低下させ、かつ、列車又は車両の停止を指示する制御情報を示す区間の終端までに列車又は車両を停止させるようにブレーキ装置を作用させるものであること。

 安全という観点から慎重に慎重を重ねることは大いに賞賛されるが、一方では5年もの間、投資が回収できないということは新技術の導入に躊躇・断念したり、在来方式の一部分改良等で済ませてしまうような事象も散見される。デジタル方式ATCなどでは、基礎的技術ははやくから出来ていたものの、規程のクリアが困難なため、基礎的部分は在来型の延長とし、地上・車上間の情報のデジタル伝送程度の導入にとどめている例もある。

 従来の考え方では括れない方式に追従できなくなっている現状に加え、折しも規制緩和が叫ばれるようになり、鉄道関係の省令を再整備しようという動きが出てきた。その基本的な考え方は

 ・省令は「仕様規定」をやめ具体的な「性能規定」とする。

 ・法令のような強制力は持たないかたちで「解釈基準」を通達のかたちで制定する。

 ・各事業者は「省令」に基づき「解釈基準」を参考に「実施基準」を制定して届け出る。

となっている。今までの仕様規定をもとにそれに合致しているかを検査するという体系から、各事業者の自主的な判断をもとに事後チェック監督形に大きく転換したということになる。従来の省令では、信号の色・形・方式・運転方法などまで細かく仕様を決めており、それに合致しないものははじめから排除するということが安全であると規定して成り立っていたが、新省令では安全な方式を各事業者で定めればどのような方式を用いても良いということになった。事後チェックだからといって何をしてもよいということではなく、事故などを起こした場合は逆に「事業改善命令」など今までより重い処分が科される場合もあるので各事業者は心して取り組まなければならない。

 

 さて、この新省令体系の根幹をなすあたらしい省令は

「鉄道に関する技術上の基準を定める省令(以下「新省令」という)

といい、平成14年3月31日から施行され、従来の「普通鉄道構造規則」「鉄道運転規則」「新幹線鉄道構造規則」「新幹線鉄道運転規則」はすべて、廃止された。新省令は、在来線・新幹線の統合はもとより、運転・施設・車両の3分野をも統合し、鉄道システムの法令として一体的に機能させることが狙われ、わずか108条の規程に簡素化された。

 この新省令では、鉄道の運転方法にも大きな変革をもたらした。それは、従来在来線の運転方法は「閉そく方式」を施行して運転することとなっていたが、新幹線との統合と、新技術の導入を見据えて「閉そく方式」でなくても運転方法として認められることになったのである。

鉄道に関する技術上の基準を定める省令

(列車間の安全確保)
第百一条  列車は、列車間の安全を確保することができるよう、次に掲げるいずれかの方法により運転しなければならない。ただし、停車場内において、鉄道信号の現示若しくは表示又はその停車場の運転を管理する者(管理する者があらかじめ指定する者を含む。)の指示に従って運転する場合は、この限りでない。
一  閉そくによる方法
二  列車間の間隔を確保する装置による方法
三  動力車を操縦する係員が前方の見通しその他列車の安全な運転に必要な条件を考慮して運転する方法

(閉そくを確保する装置等)
第五十四条  閉そくを確保する装置は、進路上の閉そく区間の条件に応じた信号を現示し、又は閉そくの保証を行うことができるものでなければならない。
2  列車間の間隔を確保する装置は、列車と進路上の他の列車等との間隔及び線路の条件に応じ、連続して制御を行うことにより、自動的に当該列車を減速させ、又は停止させることができるものでなければならない。
3  第一項又は第二項に掲げる装置を単線運転をする区間において使用する場合は、相対する列車が同時に当該区間に進入することができないものでなければならない。

 閉そく方式にくわえて「列車間の間隔を確保する装置による方法」を「列車間の安全を確保する方法」として認めたことにより、一段ブレーキATCやデジタルATCなど、実質、閉そく方式で括ることが必ずしも適切ではなかった方式をこの「列車間の安全を確保する方法」に繰り入れることが可能になった。この方式は軌道回路を要件としないので、将来的に移動閉そくやATACSなど無線による方法などの拡張性も持っている。

 JR東日本では、デジタルATC運用開始を機に、従来のATC区間も含め、現在では閉そく方式から「列車間の間隔を確保する装置による方法」に切り換えており、不要となった停車場間の閉そく標識を撤去している(停車場内は存置)。

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