法令から見たATC・ATS
●ATC・ATSの要件
列車制御を司るATCは、ただ単に車両内の保安装置というシステムにとどまらず、運転取り扱い、軌道回路などを含めたトータルシステムとなっているのが大きな特徴となっている。すなわち、地上装置・車上装置の双方が完全に機能して初めてシステムとして機能するのがATSとの大きな違いとなる。ATSが万一故障しても、地上信号機が生きていればATSを切断(=開放という)して注意運転すれば運転の継続が可能なのに対し、ATCが故障した場合は、運転の継続を断念せざるを得ない。ATC故障時の運転取り扱いは存在するが、あくまでも「信号機の故障」としての取扱いとなり、輸送混乱はATS故障時とは比べものにならないほど大きくなる。
このためATC装置は、従来型ATCでは3重系の多数決論理(2 out of 3)、現在のマイクロエレクトロニクス化されたATCではCPUを2重化して、システムそのものの冗長性を高く設計している。
JIS(日本工業規格)、JIS E 3013(鉄道信号保安用語)では以下のように定義されている。
番号 | 用語 | 意味 | 対応英語 |
8101 | 自動列車停止装置 | 列車が接近すると、列車を自動的に停止させる装置。ATSともいう。 | automatic train stop device |
8102 | 自動列車制御装置 | 列車の速度を自動的に制限速度以下に制御する装置。ATCともいう。 | automatic train control device |
8104 | 連続制御 | 地上から制御情報を連続的に車上に伝送することによって列車を制御すること。 | continuous control |
8105 | 点制御 | 地上から制御情報を特定地点で車上に伝送することによって列車を制御すること。 | intermittent control |
JISの規格はあくまで用語の定義であって、それそのものの具体的要件はなんら示されていない。このため、設計者の感性でATSかATCかを名付けることになり、いささかの混乱を生じている現状がある。
運輸省(当時)は昭和30〜40年代前半の事故の多発により、昭和42年の通達11号で「自動列車停止装置の設置について」という通達を出している。この通達ではATSの要件として「速度照査機能をそなえ」ることが定められていたため、国鉄とは異なり機能の高い「速度照査式ATS」が導入されることとなった。「速度照査機能」といっても点制御と連続制御までの規定はなかったため、各私鉄で適宜の方式のATSが導入されることとなったが、「連続制御」の「ATS」は、機構的には「ATC」とほとんど変わらず、その運転取り扱いが地上信号主体か車内信号主体かだけという事象も発生し、一方で、速度照査がなく確認扱い後は停止機能が失われる国鉄ATSと、ATCの機能に近い連続速度照査形ATSが、同じ「ATS」を名乗るなど、よりいっそう概念の複雑化を招いている。
自動列車停止装置の設置について(通達)
自動列車停止装置の設置基準 最高速度が60km/hをこえる地方鉄道及び新設軌道の線区において、次の各号の一に該当する区間には自動列車停止装置を設置しなければならない。 (1) 列車の運転回数が1時間当り20回以上(片道)の区間 (2) 列車の運転回数が1時間当り15回以上(片道)であって、かつ特急、急行、普通等の2種別以上を運転している区間 (3) 列車の最高速度が100km/h以上の区間 (4) その他運転保安上特に必要と認められる区間 自動列車停止装置の構造基準 自動列車停止装置の設置基準に該当する区間に設置する自動列車停止装置の構造は、次によらなければならない。 (1) 場内信号機、出発信号機、閉そく信号機が停止信号を現示している場合、重複式の信号制御区間の終端、重複式でない信号制御方式では信号機の防護区間の始端までに列車を停止させるものとする。 (2) 速度照査機能をそなえ、速度照査地点を照査速度を超えて進行する場合、自動的に制動装置が動作するものとする。 (3) 照査速度は線区の特性に応じて多段階とし、列車最高速度が100km/h以上の区間は3段階以上、100km/h未満の区間では2段階以上を標準とする。 (4) 停止信号を現示している信号機に最も近い地点における照査速度は20km/h以下とする。 (5) 車上装置の機能が正常であることを運転台に表示する。 (6) 地上設備設置区間を運行する場合は、列車は車上装置を開放して運転できないものとする。 |
国鉄分割民営化に伴い、地方鉄道法に基づいて営業を行っていた民鉄各社と、独自規定を持っていた国鉄の、規定の統一化が図られる。即ち、在来鉄道用の「普通鉄道構造規則」「鉄道運転規則」と、新幹線鉄道用の「新幹線鉄道構造規則」「新幹線鉄道運転規則」が制定された。従来、通達形式で処理されていた自動列車停止装置・自動列車制御装置などは、この統一規則で初めて明確に定義づけられた。
普通鉄道構造規則
(自動列車停止装置) (自動列車制御装置) |
新幹線鉄道構造規則
(自動列車制御設備) |
このように、民鉄と、国鉄から移行したJRで根拠規定が一本化されたが、ATSの概念は統一されたものの、今度はJR内のATCで、在来線の考え方と新幹線の考え方が異なる結果が生じてくることとなった。これは、とくに運転取り扱いに関してしわ寄せが顕著に表れている。
在来線ATC線区 | 新幹線ATC線区 | |
常用する保安方式 | 閉そく方式(車内信号閉そく式) | 自動列車制御設備による列車保安方式 |
保安装置 | 自動列車制御装置 | 自動列車制御設備 |
常用する信号 | 車内信号機 | (ATCの信号により自動制御) |
在来線では、1閉そく区間に1個列車を占有させて、その後方に信号を現示して運転士が視認してブレーキを操作し安全を確保する「閉そく方式」が基本的な考え方である。上の表をごらんいただければわかるが、保安装置は自動列車制御装置である。これは、運転士が車内信号機の現示に従い、車両に搭載した自動列車制御装置が、地上から送信された速度情報をもとに照査しバックアップするという考え方である。実際には、車内信号機が下位に変化すればATCブレーキが同時に動作し、運転士の判断が介在する余地はなく、この表現は不自然にもかかわらず、である。しかも、閉そく区間の境界には信号機に相当する「標識」を設置しなければならない。
ご丁寧に、普通鉄道構造規則92条には
(車内信号による列車の制限速度) 第九十二条 車内信号機を使用して運転する列車は、車内進行信号が示す速度を超えない速度で運転しなければならず、車内進行信号の現示が変化した直後においてその信号が示す速度を超えて運転しているときは、速やかに当該速度を超えない速度に減速しなければならない。ただし、第百六十九条第二項の規定により車内停止信号が現示されている区間を進行する場合は、この限りでない。 |
との規定がある。
これは、従来の民鉄(地下鉄)の根拠規定である地方鉄道建設規程の規定に統一されたことによる。もともと地方鉄道建設規程は古い法律でATCを想定しておらず、従来の地上信号機をベースにした考え方を引きずってしまったということになる。ATCを採用している線区は国鉄より民鉄(地下鉄)の方が圧倒的に多かったから、多数決の論理で決定したということになる。
一方で新幹線では、ATCを自動列車制御設備と呼んで区別している。これは地上・車両一体で構成されたシステムであることを前提に、ブレーキを運転士の判断を介在させずにATCにより自動制御するという考え方である。こちらの方がより実態に即した考え方だろう。
もちろん、これらは運転取り扱いの「考え方」であって、もちろん実際はATCの構造そのものに大きな違いがあるわけではない。
ここでは、
・制御情報が連続的に車上に伝送されて列車を制御すること
・車内信号機または新幹線のATC信号を主体に運転されること
を「ATC」、その他の保安装置を「ATS」と定義することとする。